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横浜地方裁判所 平成元年(ワ)2616号 判決

原告

児島実(X)

右訴訟代理人弁護士

坂東規子

坂東司朗

池田紳

被告

海老名市(Y1)

右代表者市長

左藤究

右訴訟代理人弁護士

橋田宗明

児島宏(Y2)

右訴訟代理人弁護士

尾崎敏一

青木悟郎こと

青木梧朗(Y3)

右訴訟代理人弁護士

松本素彦

理由

一1  原告が本件土地を所有していること、本件土地はその東側が南北に約三〇メートルにわたり被告市所有の幅員約一・八メートルの本件公道と境界を接し、さらに、本件公道はその東側に被告宏土地と境界を接していること、本件土地付近は、北西から南東に向かう傾斜地であったことは全当事者間に争いがなく、本件土地付近は、右のとおり北西から南東に向かう傾斜地であったが、北東から南西に向かう反対側の傾斜地と一体となって谷底状の地形を形成していたことは、原告と被告児島及び被告青木間は争いがなく、原告と被告市間では、〔証拠略〕により右事実が認められる。

2  被告青木が昭和五二年ころから前記谷底状の土地の本件埋立工事を行ったこと、右谷底状の土地の南側には南西方向に横須賀市水道路があり、右水道路から南に一〇〇メートル程下った位置に原告の自宅が存在することは全当事者に争いがない。

3  〔証拠略〕を総合すれば、被告児島は、被告青木に対し、昭和五二年ころ本件埋立工事を行うことに同意し、被告市は被告青木に対し昭和五二年四月ころ本件公道の埋立に同意し、右埋立の結果、本件公道と本件土地の境界付近に約二メートルの垂直の段差が生じていることが認められる(〔証拠略〕)。

二  右事実に、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1  尾山兼は、本件埋立地域内にある自己所有地にゴミが不法投棄されることに悩まされ、昭和四九年夏ころ、知り合いの被告青木にこれを相談した。そこで、被告青木は、右土地を含む本件埋立地が全体的に窪んだ土地であったので、全体を埋め立てて平坦にし、地権者がこれを有効に利用できるように土地を改良することを企図し、尾山兼とともに、この地域の有力者であった元町長の酒田及び海老名市議会議員であった小山内、さらに本件埋立地の地権者である被告児島及び山口勝久と本件埋立工事について相談した結果、まず、本件埋立地内の地権者の意向を確認することとした。

そこで、右被告青木ら関係者は地権者らとの会合を開くこととし、尾山兼、山口勝久及び被告児島が各地権者に連絡して、昭和四九年一一月一日、地権者及び関係人一四、五人を本件土地に近い大谷公民館に集めて第一回目の説明会を開いた。

2  右説明会には原告も参加し、まず尾山兼が本件埋立工事は本件埋立地内の土地を有効に利用するために行うものであるとの趣旨説明をし、次いで被告青木が、埋立には家庭及びデパートから出るゴミ並びに残土を用い、右ゴミと残土をサンドイッチのように交互に埋める方法によって行う旨の説明を行ったところ、右説明会に参加した地権者ら全員は、被告青木による本件埋立工事に概ね同意する意向を示した。

3  その後、同年一一月九日、同年同月一一日及び同年一二月九日にも、本件埋立工事の説明会が前記大谷公民館において開催されたが、右いずれかの説明会の際、被告青木による本件埋立工事に同意することを明確にする趣旨で、当日参加していた地権者及び本件埋立地の周辺の土地所有者である飯島武、児島邦光、林秀敏、出口勝久、三部敝治、三廻部喜重、小島武雄、小島保男、飯島靖隆、尾山兼、山口義乗、出口正明、山口福三郎、小泉義一及び被告児島が、そのための用紙に署名捺印して、これを被告青木に交付した。

そして、その際に欠席した原告、小島秀介、小島光照、日下清平及び小島茂並びに当日印鑑を持参していなかった木川武男は、後日被告青木から要請され、同じく被告青木による本件埋立工事に同意することを明確にする趣旨で、右用紙に署名捺印した。

4  なお、前記いずれかの説明会において、被告青木と地権者との間に連絡員を置くことになり、被告児島、山口勝久及び尾山兼が選ばれたが、そのうち、原告に対する連絡を担当したのは、原告と道路を隔てて反対側に住んでいる被告児島であった。

5  被告青木が右四回の説明会で本件埋立工事の説明を一通り終了したのに伴い、本件埋立工事によって本件埋立地内の土地の境界が不明確になるのを避けるため、地権者らは、昭和四九年一二月二一日から同月二五日までの間に本件埋立地内の各土地につき境界の確認を行った。

本件土地付近の本件埋立地の境界確認及び本件公道との境界査定は、昭和四九年一二月二三日に行われ、関係する土地の地権者である原告、被告児島、山口勝久、飯島武、木川武男、小泉義一、小島保男及び八幡神社の担当者合計約一〇名、並びに被告青木及び本件埋立地内に市道を有する被告市の担当者が立会い、被告市や右地権者らは自己の土地の境界を確認して、要所に木杭を設置し、その際、被告児島は、右地権者らに確認を取りながら、本件埋立地の図面上に木杭を設置した地点を示す印を記入し、後日、原告を含む各地権者に右図面の写しを配布した。

6  被告青木は、地権者から本件埋立工事に対する同意を得ることができるとともに本件埋立地の境界の確認が終了したので、昭和五〇年三月一三日ころ、被告市に対し本件埋立工事に関する協議を申し入れた。

被告市は、右協議の過程で、被告青木に対し、本件埋立地の地権者全員が本件埋立工事に同意していることを示す書面の提出を求めた。そこで、被告青木は、前記のとおり地権者らから本件埋立工事に同意する旨を明確にする趣旨で署名捺印を受けていた書面を用いることとし、同意書と題し、地権者に対して昭和五一年一二月一日に本件埋立工事に対する同意を求め、地権者はこれに対して昭和五二年一月二〇日に同意した旨記載した書面を作成し、これに地権者の署名捺印のある前記書面を添付して、被告市に提出した。すると、被告市は、本件埋立地のうち本件公道のみを埋立の対象から除外すれば、同所だけ谷間になってしまう関係にあることから、昭和五二年四月ころ、本件公道の埋立に同意した。

7  そこで、被告青木は、そのころ、本件埋立地の東側部分から本件埋立工事に着手した。そして、同被告は、家庭及びデパートからのゴミ並びに相摸川の浚渫土を使用して埋立を行う予定であったが、相模川の浚渫土が入手できなかったので、サンドイッチ方式の埋立ができず、ゴミだけで埋め立てをしたところ、昭和五三年一〇月一五日ころ、地権者の一部の者から、埋立の方法が約束と違うとの指摘を受けた。そのため、その後、被告青木は主に相模川の浚渫土で本件埋立工事を行った。

なお、被告青木は、昭和五二年四月三〇日ころ、産業廃棄物による埋立もせざるを得ない場合に備え、原告を除く地権者から、産業廃棄物による埋立に対する同意も得た。

8  ところが、原告は、正確な時期は特定できないが、被告青木が本件埋立工事に着手し本件埋立地の東側部分を埋め立てているころ、被告児島らに対し、本件埋立工事によって本件土地の境界が不明確になること及び本件埋立地の土砂が流出すると危険であること等を理由に、本件土地の埋立に反対である旨申し入れ、本件土地の埋立を拒否した。

9  被告青木は、昭和五二年から同五六年まで、本件公道までの本件埋立工事を行ったが、原告が本件土地の埋立を拒否したため、本件土地の埋立ができないままの状態で本件埋立工事は中断の状態にあり、そのために本件土地とこれに隣接する本件公道の境界付近には最大で高さ二メートル位の垂直の段差が生じている。

三1  ところで、原告は本人尋問において、次のような供述をしている。

(一)  原告は、昭和四九年ころ、本件埋立工事の話を誰からも聞いたことはない。原告は、昭和四九年一二月二三日に本件土地の境界査定及び確認に立ち会ったが、どのような目的で境界を確認するのかについては聞いておらず、境界を確認するので立ち会って欲しいと頼まれたので立ち会ったに過ぎないものである。

(二)  被告青木が被告市に提出した前記同意書(〔証拠略〕)中の原告名義の署名捺印は原告によるものではない。

原告は、被告青木が昭和五三年六月ころ本件埋立契約書の用紙と本件埋立地の図面を持参して本件土地の埋立の同意を求めたときに、初めて本件土地も本件埋立工事の対象地になっていることを知った。

(三)  本件土地は、これと隣接する原告の土地とともに約九〇〇坪の一団の土地を形成しており、この一団の土地は本件公道と接している側と反対の側で、海老名市道九五三号線と接しているから、本件土地を埋立てないことにより本件土地と本件公道との間に段差を生じても、本件土地は右一団の土地の一部として利用可能であるから、本件埋立工事によって本件土地を埋立ててもらう必要性はなかった。

2(一)(1) しかし、〔証拠略〕によれば、前記のように本件土地は当初から本件埋立工事の対象地であったと認められ、前認定のとおり原告宅と被告児島宅は道路を隔てて隣合っており、原告本人の供述によっても、被告児島を含む本件埋立地の地権者は本件土地の所有者が原告であることを知っており、また昭和四九年ころ原告と被告児島ら他の地権者との間には特段の紛争はなかったというのであるから、本件埋立地内の他の地権者には本件埋立工事の相談がなされたが、原告のみに相談がなされなかったというのは不自然である。

(2) そして、原告本人の供述によっても、昭和四九年一二月ころ、本件土地と本件公道の境界を巡って紛争が生じていたことはなく、当時、本件土地と本件公道の境界を確認する必要があるような事情は特になかったというのであるから、原告が昭和四九年一二月二三日の境界査定に立会を求められた際その目的を聞かなかったことは不合理であるし、また、原告本人の供述によっても、原告は、昭和四九年一二月二三日に本件土地と本件公道の境界を確認しただけでなく、他の地権者らとともに約二時間に及び本件埋立対象地の西側部分のほぼ全体の境界確認に付き添ったのであるから、その間、他の地権者らとの間で、境界確認の目的が全く話題にならなかったというのも極めて不自然である。

(3) そこで、右(2)の事実に照らすと、前記(一)の原告本人の供述は採用できず、原告は、本件埋立工事を行う前提としての境界の確認であることを承知して昭和四九年一二月二三日の境界査定及び確認に立ち会ったと認められる。

(二)  また、前認定のとおり原告は昭和四九年一一月以後の説明会において被告青木による本件土地の埋立を含む本件埋立工事を概ね了承し、本件埋立工事によって土地の境界が不明確にならないようにするためであることを承知して昭和四九年一二月二三日に境界査定及び確認に立ち会い、また被告青木が被告市に提出した同意書(〔証拠略〕)は昭和五二年四月以前に被告市に提出されたものであるから、右同意書の二枚目にある原告名義の署名捺印もそれまでの間になされたものと認められるところ、原告本人尋問の結果によれば、被告青木が本件埋立工事に着手した昭和五二年四月においても、原告と、被告青木及び他の地権者との間で、本件埋立工事に関して、特段の紛争は生じていなかったことが認められる。

そこで、これらの事実に照らせば、被告青木において、右同意書二枚目の原告名義の署名捺印を偽造しなければならないような理由は何らなかったといい得るうえ、右同意書(〔証拠略〕)の原告の住所氏名の筆跡と、本件記録上明らかな原告本人尋問の際に原告自身が記載した宣誓書の原告の氏名及び本件訴訟委任状に記載された原告の住所氏名の筆跡とは極めて酷似していると認められることからすると、右同意書の二枚目中の原告名義の署名捺印は、原告によるものと認められる。したがって、これに反する前記1(二)の原告本人の供述も採用できない。

(三)  さらに、〔証拠略〕によれば、海老名市道九五三号線と接している原告所有地と本件土地とは、その間に国有地があるために接しておらず、本件土地は、右国有地、八幡神社所有地及び本件公道に囲まれた土地であることが認められる。そうすると、本件土地を利用するためには本件公道を利用する必要があることは明らかであるから、右事実と矛盾する前記1(三)の原告本人の供述は、採用することができない。

3  なお、被告青木と原告名義の、原告が産業廃棄物による埋立を承諾する旨記載された昭和五三年五月二〇日付の土地埋立契約書(〔証拠略〕)については、原告本人尋問の結果によれば、右契約書における原告の氏名は原告が記載したものではなく、その印影も原告の印章によるものではなく、結局右原告名義は何人かによって偽造されたものと認められるけれども、右土地埋立契約書は、産業廃棄物による埋立についての承諾を内容とし、しかも昭和五三年五月二〇日付であるから、右土地埋立契約書の原告名義部分が偽造であるとの事実によっては、まだ前認定を覆えすことばできない。

四  被告市に対する請求について

1  原告所有の本件土地とこれと境界を接する被告市所有の本件公道との境界付近では、本件埋立工事の結果、最大で高さ二メートル位の垂直の段差が生じたところ、右段差は原告が本件土地の埋立を拒否したためであることは前記のとおりであるが、前認定のとおり、原告は、他の地権者とともに本件埋立工事に先立ち、被告青木に対し本件埋立地全体の埋立事業の一環として本件土地の埋立に同意したのであるから、原告が後になって正当な理由なく本件土地の埋立を拒否し、そのために本件土地と本件公道との間に段差が生じた場合には、それによって通常生ずべき被害は、原告が自ら招いた被害としてこれを受忍すべきものと解するのが相当である。

2  そこで、原告が本件土地の埋立を拒否したことに正当な理由があるか検討する。

(一)  原告本人は、本件埋立工事によって本件土地の境界が不明確になる旨供述するが、前認定のとおり原告と被告市の担当者が立ち会って本件土地と本件公道の境界を確認し、要所に木杭を設置し、その位置を図面に記載したのであるから、本件埋立工事によって本件土地と本件公道の境界が不明確になることはない。

(二)  次に、原告本人は、被告青木は本件埋立地に産業廃棄物を投棄したと供述するが、原告本人の供述によっても、その内容としては原告自身が冷蔵庫が二台程投棄されているのを見たに過ぎないところ、〔証拠略〕によれば、本件埋立工事の埋立容量は一万四〇〇〇立方メートル以上に及ぶことが認められ、右事実からすれば、仮に原告の供述どおり冷蔵庫が投棄されていたとしても、この程度では、いまだ原告が本件土地の埋立を拒否することを正当化する程度の約束違反とは認められず、結局本件証拠上本件土地に格別産業廃棄物が投棄されたとは認められないので、産業廃棄物の投棄をもって原告が本件土地の埋立を拒否する正当な事由とすることはできないというべきである。

(三)  さらに、原告本人は、本件埋立工事の結果、本件埋立地が崩壊しその南側に位置する横須賀市水道路も崩壊する危険があり、実際、昭和五五、六年に台風が接近した際、原告は警察官から避難するように勧告された旨供述するが、原告本人の供述によっても、右避難勧告の際、本件埋立地及び横須賀市水道路が実際に崩壊した事実はなく、それ以降現在までにこれらが崩壊した事実もないことが認められるうえ、本件全証拠によっても、本件埋立地又は構須賀市水道路が崩壊の危険性を有すると認めるに足りないから、崩壊の危険性といっても抽象的なものに過ぎないといえ、原告本人の前記供述のみによって、本件埋立地又は横須賀市水道路が崩壊の危険性を有すると認めることはできない。

(四)  そして、本件全証拠によっても、他に、原告が本件土地の埋立を拒否し得るような正当な事由があったと認めるに足りる証拠はない。

3(一)  そこで、原告の被告市に対する妨害予防請求について検討すると、本件土地と本件公道との間に約二メートルの段差が生じていることによって、原告に発生している被害として原告が主張するものは、本件公道及び被告宏土地からの土砂及び雨水の流入であって、右被害は、前記のような段差が存在することによって通常生ずる被害といえるから、右被害の存在をもって、本件土地所有権に基づき、その被害の予防請求として排水溝の設置を求める権利は未だ発生していないものと解するのが相当であり、したがって原告の被告市に対する排水溝の設置を求める部分は理由がない。

(二)  被告市に対する国家賠償法一条に基づく慰謝料請求について

原告が主張する被害のうち、横須賀市水道路の崩壊の危険性を前提とする具体的被害及び産業廃棄物の投棄による被害が認められないことは前記のとおりであり、右以外の原告主張の被害は、右(一)のとおりいずれも原告が一旦承諾した本件埋立工事を拒否したことによって発生したものであって、原告が受忍すべきものであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告が主張する被害につき、原告の被告市に対する損害賠償請求権が発生しないことは明らかである。

(三)  被告市に対する国家賠償法二条に基づく慰謝料請求について

本件公道は、被告市が設置管理する公の営造物であるといい得るけれども、右(一)及び(二)のとおり、原告が主張する損害は、発生していないか、若しくは原告自ら招いたものとして受忍すべきものであるから、原告の国家賠償法二条による被告市に対する損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

五  被告青木及び被告児島に対する請求について

前記のとおり、原告が主張する被害のうち、横須賀市水道路の崩壊の危険性を前提とする具体的被害及び産業廃棄物の投棄による被害は認められず、右以外の原告主張の被害は、いずれも原告が一旦承諾した本件埋立工事を拒否したことによって発生したもので、原告が受忍すべきものであるから、原告の被告青木及び被告児島に対する損害賠償請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

六  以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大喜多啓光 裁判官 片桐春一 杉山順一)

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